「いただきます」論争

永六輔さんの番組がどうやらほったんだったらしい。

こんな意見が出てくるなんて、なんとも世知辛い世の中だなぁ。

 

学校給食について、

「お金を払うのだから、いただきますを言わせないで」

という話が出たという投書されたことが事の発端らしい。

 

それを言った人の気持ちを考えてみると、根底には、

「お金を払っているのだから、感謝されるのはこちらなのでは?」という考え方があるのだろう。

しかしながら、お金本来の意味なんかを考えるとこれは間違い。

 

それぞれがなした業の量、質によって、

それぞれが感謝されるべき量が変わり、

受け取ってもらうお礼の量が変わることを明確化するという目的のために、

貨幣は作り出されたのだから。

そうやって、お金の成り立ちを考えると、もともとお金を払うという行為は、

相手に対しての感謝の意を表すということになる。

 

そこに感謝の言葉を載せることは、何らおかしくない。

逆に、「お金は渡したのだからそれ以上の感謝なんかしなくてもいいでしょう?」

なんて考えをしていることのほうが変。

 

お金こそが大切という考え方が広まり。

お金だけが一人歩きし。

本来の「お金の意味」がなくなりかけていることの現われなのかもしれないね。

 

そうなったら、お金の価値なんてなくなっちゃうんだけど。

そのことを理解していない人が出始めたことの現れなのかな。

 

まぁ、そりゃ、学校ではそんなこと教えないものね。

もちろん家でも、ね。

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「いただきます」論争 への2件のフィードバック

  1. Chikoto より:

    なんかそんな投書がくるなんてがっかりですね。それはお金は払ってるかもしれないけれど、そんなことじゃないと思います。自分の口に入るまでにいったいどれだけの手間ひまがかかっているか考えたら、だまってても「いただきます」ってでてくるような気がしますけどね。。。毎日食事がとれることのありがたみを忘れちゃってるのかな。一日3食食べれることはあたりまえではないのに。お金も大事だけど、それだけじゃないってこときちんと子供たちに教えていかなきゃいけないですね。

  2. tomcat より:

    おそれすごめんね。
     
    っと。
    意味もなく習慣として身につけてきたものって、
    改めてその意味を考えることもなく、その意味について子供に伝えられなくなってるのかもね。
    だんだん形式化してしまうと、必要のないものと考えてしまうものでもあるだろうから、
    気をつけていかないと。

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