「悟り」の開き方

ちょろちょろと「道」に関しての話を書いていたので、今回は「悟り」についての説明でも。
単純なことなんだけど、だからこそ、解りにくいんだよねぇ・・・。
1.自分が理解したいように理解しているものが、世界のすべてであると知ること。
悟りを開くには、まずは無我を知らなきゃならない。
そして、無我を知るためには、我は何かを知らなきゃいけない。
で、我とは何かと言えば、すべての事実は、自分自身が考えている世界での出来事でしかないことを知るって事。
スポーツカーの写真を見せたときに、速そうな車だと思ったり、かっこいいと思ったり、反応は人それぞれ。
それは、それぞれが今までに経験してきたことの中で、どう考えるかによって、それぞれの世界が違うことをあらわしてる。
どんなに辛い事でも、それを辛くないと思う人が居れば、その人にとっては辛くない。
あくまで、自分が「辛いこと」と思っているから、辛いんだよね。
2.「事実」は、人の数だけあり、自分にとっての事実は、自分にとっての事実でしかないと知ること。
我って言うのは、自分自身が考える世界の事だって事はわかった。
で、無我っていうのはどんなことかといえば、自分では物事を決められない事。
自分をなくすとか、難しいこと考えなくても大丈夫。
ちょっとしたこと、たとえば彼氏と喧嘩したとき、仲直りしようとしても。
最終的には、彼氏自身が機嫌を直してくれなきゃ彼の機嫌は直らないわけで、自分だけじゃ仲直りなんてしようがない。
それを知ることが「無我」を知るって事なのよね。
そこから、無我の境地を知るってのは、すべてのことが、自分ではどうにもならない事を知ること。
我を、すべてのものがそれぞれに持っているからこそ、世界は我であり無我である、ということになるわけだ。
3.すべては、自分とほかの人の関係の中でしか生まれないと知ること。
自分の理解したいようにしか世界は理解できない。
でもそれは、誰にとっても同じであり。
だからこそ、ほかの人とのやり取りの中で、自分の世界と相手の世界の違いに、喜んだり、苦悩したりする。
この、すべては関係の中にある事を、「縁起」っていう。
お金を持ってないとか、彼氏がひどい人だとか、そんなこんなも、みんなほかの人が居るからこそ考える。
自分しかこの世に居なかったら、そんなこと考えないんだよね。
この縁起ってものを大切にしようとすれば、おのずと無我を知ることになる。
4.すべての事の起こりをきちんと知ること。
縁起を大切にすることってのは。
それは、ほかの人との関係を大切にすることになるんだけど。
ほかの人との関係を大切にしようとすれば、ほかの人にとっての我を知らなくちゃいけない。
ほかの人の我を知るってのは、ほかの人の世界を知るってことだ。
ほかの人の世界を知るためには、自分の身の回りにあるいろんなものを、いろんな人の視点で知らなきゃいけない。
そして、それは絶えず変わっていくもので、一度知ればいいというものじゃない。
だから、ずっと、勉強をしないといけないってことだわね。
世の中は、すべて無常だということだ。
5.そして、自分自身が人生の主人公であるということを知ること。
きちんと物事を知り、縁起を知りえた上で、じゃあ、自分が幸せになるにはどうすればいいのか。
それは、自分自身で物事を決めていくことに他ならない。
いろんな事を知りえた上で、その結果を受け入れられるようになった上で、自分は、どうしたいのか。
結果がどうなrかを知っていて、そしてその結果を受け入れられるならば、きっと自分にとっての幸せを選択できる。
そして、それを後悔しないでいられるようになる。
だから、人生を楽しく生きていくことができる。
そう、これが「悟り」ってことだね。
天上天下唯我独尊ってのは、すべての世界の中心は私であって、だからこそ私が一番尊いんだよってこと。
そしてそれは誰にとっても同じで、みんなが尊いんだよって事。
これを展開すれば、上に書いたようなことになる。
結局は、ここにたどり着くわけだ。
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