事柄と、考え。

事のきっかけは、俺がネット上でその子から話を聞いてしまった事
だった。

小学生の頃から、ほとんど外に出たこともない。

好きになるといえばネット上で優しい言葉をかけてくれる相手で。

いろんな現実をしらないままに会いに行っては、自分の価値をなく
しかねない事を繰り返し。

その事が自分の価値をなくしかねない事さえあまりよく知らない。

親ともうまく会話出来ずに、色々なことを教えてもらうための適齢
期を、何も教えてもらえずに過ごしてきていた。

自分からは外に出たがらず。

いろんなことを経験したがらず。

親に隠れて、気を持った相手に体を預けに会いに行くだけの外出。

それを見つかって怒られ、制限をかけられるだけの親との関係。

俺が思うところ、未来がなかった。

そんな子から、そんな話を聞いて、自分としてどうにかしたいと考えて。

出来るかぎりの時間を費やして、一生懸命いろんな話をした。

その当時は、出来ることといえば話を聞いてあげる事だったから、
一生懸命話を聞いた。

そして、出来うるかぎりに受け入れ、少しずつ、聞いてほしいいろ
んな話をしていった。

自分を大切にする方法。

自分の将来を考えることの大切さ。

今までに俺が経験した楽しいこと、悲しいこと。

外の世界の楽しさ。

外の世界の怖さ。

生きていく事の辛さ。

生きる事の楽しさ。

転記が訪れたのは、その子が俺に好意を持ってくれた時だった。

会いたいと言ってきた。

外に連れ出す、チャンスだった。

そんなチャンスを逃すわけに行かなかった。

そして、会いに行った。

はじめは、やっぱり隠れて会うことになり。

それじゃ合間までのやり方と変わらなかったから。

親に話すための計画を立て、きちんと合いにいける状況を作り出す
ための算段をたて。

その先、その子が自分で出かけたいと思ったときに出かけられる状
況を作り出すために。

未来につながる方向に動かすために、きちんと形をつけた。

それから。

俺にやれるだけのことはやってきた。

毎週のように出かけ、その子が見たことのなかったいろんなものを
見せた。

年頃の女の子として振舞えるように、洋服だって見に行った。

遅れたぶんを取り戻すように、もっと先につながるような部分まで。

それこそ「年相応」を通り越し、その先に何があるのかまでを見せ
ようとした。

親との関係だって、改善する方向に持っていけていたと思っている。

二人だけにするのではなく、3人でいる場から始めて。

その子にいろんなことを話しているところを見せて。

どんな話をするべきかや、どう話すべきかなんてことを親に対して
怒鳴りつけて話したこともあった。

実の子供がいうことを聞いてくれない、そして子供から拒絶される
かもしれない恐怖を理解して、フォローもした。

でも、望まれるがままに、やりすぎている感もある。

ちょうど一年くらいの間、有形無形にかかわらず、たぶん100
万~200万はその子との事で使っている。

平日も出来るかぎり一緒にいるし、夜中に呼ばれたこともかなりあった。

その子との事で引っ越しもしたし、車も買った。

時間だっていっぱい使った。

仕事以外の時間は、すべてそのために使っているような感がある。

いや、仕事の時間だって、だいぶそのことに使ってしまっている。

信頼される形を作るために、その形を維持するために、そう思って
やってきた。

信頼されていなきゃいうことは話を聞いてもらえないし。

その話を考えてももらえない。

そして、すぐに話を聞いてもらえなかったら、あとではどうにもな
らないことがいっぱいあったから、物凄く一生懸命だった。

たしかに、そのかいあってか、それなりの成果は出た。

親の人からも感謝もしてもらえる程にまでなった。

正直、結果としては、ずいぶん前の段階で、もう十分だったかも知
れない。

そして、結果は十分だったかも知れないのに、その状況はまだまだ
続いた。

気付けば、かなり飲み込まれてしまっていた。

そして今だって、その状況は続いてる。

気がつけば、俺は必要以上のことをしようとしており。

それだけのことをしていったことで、その子にのめりこんでいって。

ただただ、未来が見える方向に言ってほしいってことだけじゃなくて。

自分のものにしたいと思うようになっていた。

その子の自分自身の選択を応援できなくなっていた。

自分が望むように動いてほしいと思うようになっていったのは確か
だった。

そのことで、未来を見せることだけに集中していれば間違えなかっ
たであろうことを、いっぱい間違えてしまった。

見せなくてもいいものまで見せた。

親の立場なら制限しなくてもよいことまで制限した。

それに、俺がそんな対応をしたことで、ある意味それが普通だと
思ってしまっている部分だってあるだろう。

俗に言う「普通」になるために「普通じゃない」ことをしてきた。

だからきっといろんな部分で、その弊害は出ている。

その子の周りが、自分にできないことをしようとしてきたからこ
そ、その子の状況があったのだけれど。

思うに、今までにその子にかかわろうとしてきた人たちだって、決
して悪い方向に動かそうとしていたわけじゃない。

ただ、何かをしてあげようとしたときに、自分の考えを疑えなかっ
たり、自分の欲に負けてしまったり。

ただただ、そういうことの積み重ねがあって、その失敗の責任をそ
の子に浴びせてしまっただけだ。

自分の失敗を失敗としないために、自分が守ろうとした弱いものに
対して、その失敗を浴びせてしまう。

そのこと自体は、誰だってやる。

子供を守れない親が、そのつらさを子供に浴びせることなんていっ
ぱいある。

それらの失敗を浴びせられてしまったこと自体は、そういうことの
心のいろいろを本人が知れれば済む話だ。

そして、いろんなことを経験していく中で、そのことを知っていく
ことが、成長のためには必要なことだ。

それらは、無理に排除する必要があるものなんかじゃなく。

時には必要なものでもあるはずなんだ。

気づけば、俺はそういうものさえも、排除しようとしていた。

人の心なんて汚いものだ。

人に優しくしなきゃいけないとか、優しくしたいとか口で言ってい
たところで。

裏じゃつらく当たったら好きな人に逃げられてしまうとか、この人
が逃げたら自分が損するとか考えてる。

愛してる、なんて言葉を使って、自分のそばにいてくれるように仕
向けていたりする。

一見間違いのない行動をしたいとか、していると思われる行動をし
たところで。

裏じゃ自分の行動を間違ってないという正当性を求めているだけ
だったり、多くの人に受け入れてほしいとか考えてる。

実際にどうして間違いのない行動になるのかなんか考えず、ただた
だ自分にとって有利に生きていく方法だったりする。

たとえ若いうちから適切な方法をとってこれていたとしても。

適切適度に生きていく方法なんて、若いうちに見つけられるもん
じゃない。

じゃあ、どうしてそうできるやつがいるのかって言えば、たんに親
から教わったことの受け売りをしてるだけだ。

自分で何が正しいのかなんて考えることのできるやつは、そういう
適切適度なやつの中でも、一握りしかいない。

結局は、単に自分が有利に生きる方法を学んできたようになぞって
生きているだけだったりする。

大低、そういう心の汚さを出したりなんかしないし。

うまく生きていくやつほど、そういう汚さは外に出さないし。

自分が教わってない範疇に入る領域からは逃げ出してしまったり。

目をつぶってちゃんと受け入れようとはしないで、自分が有利に生
きていける領域から出ようとしない。

人の心なんて、ものすごく汚いんだ。

ちょっと前に、深夜のジョナサンで若い兄ちゃんたちが店員さんを
からかって遊んでた。

よこから見たら、若い兄ちゃんたちの対応が悪いだけで、店員さん
がかわいそうなだけだった。

メニューにない注文連呼して困らせて、大して注文もせず。

わざわざ喫煙席に座ってタバコだってすってたんだから、20は超
えてるが。

いい大人としてみたら、ほめられたもんじゃない。

もしそばに親がいたら、しかるような状況だったろう。

でも、よく考えれば、あいつら集まる場所ないんだよ。

今のご時勢、それなりに働いていたとしても若いやつらは金だって
もってない。

大人にだってまともに対応してもらえない。

店員さんをからかっていたのは、単に自分たちがまともに対応して
ほしいから、ふざけた対応をしていただけだ。

求めているのは、きちんとした対応だ。

その証拠、自分たちでそんな風に店員さんをからかっていたこと
を、後から反省するような話さえする。

いったい、正しいと思うことの何が正しい?

俺だって、若いうちにそんなこと学んだはずだったんだ。

人の心が汚いってことを重々理解して、それから目をそらさないよ
うにして。

目を閉じることはせずに、何度も何度も教わったことのない領域に
入って。

もがき苦しんできて、少しは理解してるはずだった。

でも、そんな汚い感情をもって、接してた。

そして、そんな自分が嫌いになりそうになっている。

汚い心を直視するために。

何が大切なのかを考えていたつもりだったし。

それを理解するために、あえて感情を切り捨てて、理論だけで判断
するようにしてきたつもりだったし。

そうやっていたつもりだったのに。

恋心は悪いことなんかじゃない。

おれ自身のことを考えれば、自分の感情なんだから、大切にするべ
きだろう。

でも、「正しく見えること」を盾に、相手を縛ろうなんてしちゃい
けないんだよ。

言葉を知る大人であるが故。

人を操るだけの知識を得ている側であるがゆえ。

もし、恋愛感情をもって接するなら、もっと直接やるべきだ。

でも、そうしてなかった。

元の目的から外れそうになっていることを含めて。

自分のことが嫌いになりそうだ。

すごく嫌だ。

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事柄と、考え。 への1件のフィードバック

  1. 多々良 より:

    たくさん頑張ってきたのですね。その子の為に。毎週でも通って話をしているうちは本当の素の自分じゃないですよ。付き合っても雄猫さんは彼女の前では素ではなかったのではないでしょうか。どこかで肩の力が抜けないでいるから疲れてしまう。どうしてぎこちなくなってしまうのか、どうしたらこの相手の思ってる雄猫さんと本当の雄猫さんの間が埋まるのか悩んでいるのでしょうか?間違ってる正しい、なんて人の間にはありませんよ^^あるのは習慣とそれぞれのプライベート空間と時間の線引きだけです。彼女は四六時中ベタベタべったりがお好みなのですか?どんな人でも自分を磨く時間や、一人でゆっくりする時間が必要です。線引き、ちゃんとできてますか?

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