鬱病患者はダメ人間に決まってんだろボケ!

鬱病は脳の病気って表現一般化してきましたね。

確かに、脳の病気といってもいいのかも知れません。

でも、俺は正直その傾向がいいことだとは思えません。

鬱病の分類を見ると、内因性と心因性に分けられています。

もともと罹患率は一定で、患者数の増減は人口に比例してる部類の病気です。

ここ10年で患者数が2.4倍になったそうですが、最近増えているのは心因性であると思われます。

心因性と言っても、その性質による罹患しやすさはあると思われ、増加は社会情勢により罹患しやすい人が表面化したものとも考えられます。

内因性の鬱病も、ある程度の精神的負荷がかかった後になるようです。

その点を考慮すれば、内因性と呼ばれるものも、必ずしも脳の障害と言えない面があります。

内因性の場合、精神的負荷により脳に機能障害が発生したものと言えそうですが。

発現する人は、脳に負担をかけやすい精神構造であるとは言える可能性が残ります。

そしてここが大切なのですが。

使い方によって脳も変化していきます。

こう書くと脳が見えないだけに懐疑的になる方もいるでしょうが。

頭のよい子を育てるための教育の科学的知識の広まり等をみれば、一般化したと感じられます。

そうすると、鬱病は脳の病気だとしても、自分に原因が無いと言えるわけではなく。

逆に、外部からの影響を受けにくい部位だからこそ、自身の使い方が原因とも考えられます。

脳の病気なのだから自分を変える努力をしなくてもよいとはとても言えないわけです。

考えなければならないのは、その理由が何であるかではなく。

その状況からどうすれば脱することが出来るかであり。

症状の理由が自分の納得出来るものなら放置していいとは俺には思えません。

でも鬱病の場合、薬飲んで症状押さえるだけで、根本解決望まないこと多いように感じます。

たとえば。

外反母趾はあわない靴履いていたから骨が変形して痛みが出ます。

ただ、症状の理由は「骨の異常」。

直すためには、骨を整形するとともに、あわない靴を履かないようにしなければなりません。

なぞならば、そうしなければ治療したところで、また同じように変わってしまうのですから。

外反母趾の問題は、骨が変形して痛みを生むことではなく。

外反母趾を生むライフスタイルにこそある、ということです。

ほとんどの病気に言えることだと思いますが。

改善には、適切な治療とともに、自身のライフスタイルを変えていくことが必要なんです。

タバコで肺癌になるのも、お酒で肝硬変になるのも、症状が押さえられればよいのではなく。

ライフスタイルを変えなければ、何の意味も無いですよね?

最近の障害児の増加にしても、晩婚化が強く影響している。

どうしようもないような問題はそれほど多くないはずなんです。

症状の理由がわかるのなら、改善出来ることがほとんどのはずです。

目に見えない部位というだけで変わらないものと放置する。

そして自身の人間性の否定となることから逃げる。

鬱病を脳の病気とすることには、こういう問題があると考えます。

このような問題から逃げる精神構造自体が鬱病を生む原因とも言えます。

ならば、それを変えるためには、そういう考え方をやめていく必要があるんじゃないでしょうか?

逃げず、自分自身の罪悪感と立ち向かうためにも。

鬱病を脳の病気とはして欲しくないと、強く思います。

タイトルは・・・釣り?w

あんまり気にしないようにw

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